「……少年は、アレン・ウォーカーか?」






浅黒い肌に漆黒の髪。
額に聖痕を宿した男が、冷たい笑みを湛えて眼下を見下ろす。


その視線の先には、
眩いばかりの白銀の髪を、怒りに揺らす少年の姿があった。


ついさっきまで仲間を救おうと必死になっていた少年の目の前で、
その仲間を無残に散らしたのだから無理もない。



「ほほう……こりゃまた随分変った面持ちになったもんだ。
 ついこの間カードを交えたときは、あまりの腹黒さに
 まさかお前があのアレンだとは思いもしなかったんだがな……。
 でも、こうしてマジマジとその瞳を覗きこむと……
 ……あの、胸くそ悪ぃ偽善者の瞳の色をしてやがる……」
「……お前は……誰なんだ……?」



にわかに浮かべた笑みとは裏腹に、
その気配は明らかに敵のものだった。



「まぁ、この姿じゃ覚えてないのも無理ないか?
 じゃあ、こんな姿をしてみせたら、ひょっとしたら思い出してくれる?」
「……え……?」



ティキは掌から無数の黒い蝶を解き放つ。
その蝶がみるみるうちに姿を変え、やがて漆黒の翼になって
ティキの背中から大きく羽を広げた。


まるで白い翼を黒く染め上げた堕天使のようで、
アレンはその姿に思わず絶句する。



「お……おまえはっっ!!」



夢の中で何度も見た愛しい天使……ユウ。
その背後から暗い笑みを浮かべて忍び寄っては
鋭い剣で二人の心臓を抉り取ろうと狙う
あの、憎い恋敵にうりふたつではないか。


──けど、違う。
ホントは僕……この男に毒を盛られたんだっけ……。


アレンの脳裏を夢とも現実とも知れない記憶が駆け巡る。



「あれ? もしかしてこれだけで思い出してくれた?
 多分、少年の考えは当たってると思うよ?
 俺の名前はティキ・ミック。
 お前の敵……ノアの一族さ。
 ま、こんな姿に成り下がったのは、元をただせば全部……
 アレン……お前のせいだけどな……」
「え? 僕の……せい……?」
「そ。 覚えてる?
 お前がユウの心も身体も、魂ごと全部、俺からか攫ったからさ。
 ……お前は、こんな俺の苦しみとかさ、辛さ……ちっとでも
 ……わかるかい?」



ティキが見せるその冷ややかな笑みに、
思わず背筋が凍りつく。



「キミがユウを好きだったのは解かります。
 けど、僕はその何倍も何百倍もユウのことを愛してるんです!
 何度殺されたって、何度引き離されたって、
 僕は負けません!
 ユウだけは……永遠に僕のモノです!」
「……ほう……言ってくれるじゃん……
 けど、その台詞、そっくりそのまま少年に返してやる。
 ユウは俺のモノ。
 お前が現れるずっと前から、ユウを理解してやれるのは俺だけなのさ。
 そうだな……まずは死ぬ苦しみをもう一度味あわせてやるか?
 それとも、このまま此処で犯してやろうか?」



死の恐怖を目の前にしても、アレンの瞳が曇る事はない。
あの時もそうだった。
天界で毒を煽り、全身血塗れになっても、まだユウのことを気遣った。
その時の澄んだ瞳と、今も何ら変らない。

 

「強がりがどこまで持つか、見ててやるよ。
 お前にとって大事なモノをひとつずつ壊してやろう。
 そうだな、まずイノセンスの野郎から逝こうかな?」



ティキがそう言い放った瞬間、ドンという鈍い音と共に、
左手が砕け散る。
瞬時に大事なものを失うことが、こんなにあっけなく、
そして恐ろしいものだと、アレンは生き物の直感で悟った。



「やめろぉぉぉぉぉ〜〜〜!!!!」



叫びは虚しく空を切る。
アレンのイノセンスはティキの掌の中で砂と化した。


その叫びに気を良くしたのか、ティキはずいとその顔をアレンに近づける。



「希望に満ちていた瞳が、苦悩に歪む姿っていうのは
 本当に気味がいい……。
 これだから黒いオレは止められないんだ。
 ……そうだな……
 お前の死体を見たら、愛しいユウはどんな風に嘆くんだろうな?」
「……や……め……ろっ……」



痛みに気が遠のきそうになるのを必死で耐えながら、
アレンはティキに抗おうとする。
だが、その抵抗さえ小気味いいと言わんばかりに
ティキはクッと喉を鳴らした。



「きっとまたお前の命を救えなかったことを嘆いて、
 今度こそ俺と一緒に地獄へ落ちてくれるかもしれないな。
 そのために、お前の死体を綺麗に血で飾ってやる。
 感謝しろ。
 心臓から血が溢れ出し、体内を犯す恐怖に悶えて死ねる……」
 


ティキが怪しく微笑む。
その瞬間、刃よりも鋭い指先が、一瞬にしてアレンの胸元を貫いた。



「……ぐぅっ……!!」



人として味わう初めての死。



「……よい夢を……少年……」



言い放って懐に仕舞い込んでいたカードを
瀕死のアレンの上にばら撒く。



愛しい人を残して逝くことの悲しさ、虚しさを
また味あわねばならないのか。
死に行く瞬間、
アレンの瞳には眩いばかりの微笑を讃えた神田の姿が浮かんだ。








───ユウ……愛しています……───



















ドクン。



















遠く離れた地で、神田の心臓が大きく脈打つ。



「……まさか……モヤシの身に何かあったのか……?」



神田は得も云えぬ感覚に汗をかく。
その不安は拭えば拭おうとすればするほど、
神田の胸の内を大きく占め出した。



「……おい……神田……どうかしたのか?」



同行していたマリが怪訝そうな声を出す。



「悪い……予感がする」
「そうか……お前の感は良くあたるからな。
 で、どうするつもりだ?」
「悪ぃが、本部と連絡を取る。
 それから……ちょっとだけでいいから、時間をくれないか?」



大事な仲間のデイシャを失い、
神田もマリも元帥を探すべく道を急がなくてはいけないところだったが、
マリは神田の只ならぬ雰囲気を察したようだ。
ここでどう止めたとしても、放っておくわけにはいかない。
ならば彼の好きなようにさせようと言う思いがマリの頭に浮かんだ。



「いいだろう……その代わり、俺も同行するぞ?
 この時期、離れるのは危険だ」
「ああ……いいだろう……」



仲間の了承を得て直ぐに本部と連絡を取った神田は、
アレンが他の仲間と離れて、行方不明になっていると聞く。



「……っくそう……やっぱりあの男の仕業か?」



アレンが先刻街で会ったティキという男の餌食になっているのは
非を見るより明らかだ。



「マリ……頼みがある……東方に向かった仲間の行方を探して欲しい」
「ああ……いいだろう……」



そして、マリの桁外れた聴力を頼りに、
アレンの行く先を追ったのだった。



「……モヤシ……
 俺が行くまで……無事でいろ!」



その想いは遥か空を越えて、東方の空の下……
深淵の森の中まで届いていた。



───死に……たくない……。
僕がもっと強かったら、死なずに済むのに。
仲間を……神田をティキから守って……この戦いに勝って、
また天界に一緒にもどるんだ……。


身体の温度がどんどんと下がっていく。
血が身体から抜け出し、地面を赤く染め上げていくのが判る。
情けなかった。
転生してまたもや、あの男に神田との仲を引き裂かれてしまう。
今回の任務に出る前、
ようやく神田の心にちょっとだけ触れる事ができた気がした。
今度会ったら、きちんと想いを告げようと思っていた。
だから、今ここで死んでいるわけには行かないのだ。



───ねぇ……僕に……力を貸してよ……イノセンス……。



まるでその呼びかけに反応するかのように、
アレンの周りを優しい空気が取り囲む。
それはまるでアレンを護るかのようで、恋人の抱擁にも似ていた。



───神田……。



優しい天使の抱擁。
アレンは夢の中で会う、
あの黒髪の美しい天使に抱かれる夢を見たまま、
ゆっくりと、ゆっくりと……
深い眠りに落ちていくのだった。






                                     

                                  
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≪あとがき≫

ながらくお待たせいたしました。
皆様ご存知の通り、アレンはここで瀕死の状態に陥り、
アレンの舞台は教団のアジア支部に移るわけです。

さて、この後、神田とアレンはどうなるのか??
原作にできるだけ沿って書きたいとは思ってはおりますが、
無論、この先はエッチありなわけで……(〃⌒ー⌒〃)ゞ

では、またまた、
続きを楽しみにしていらしてくださいませ〜〜〜(=^▽^=)





                                  
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〜天使たちの紡ぐ夢〜   Act.14

恐れる事など何もない。
ただAKUMAを破壊しこの世を救う。
ただ……それだけだと思っていた。


愛しい人を失う絶望感と恐怖を
この胸に思い出すまでは……。